朝、目覚まし時計を止める。スマートフォンを手に取り、蛇口をひねって水を出す。車に乗ってエンジンをかける -- 何気ない朝の風景の中に、実は「めっき」が何十箇所も潜んでいることをご存じでしょうか。
めっき技術は、現代社会のあらゆる場面で活躍しているにもかかわらず、その存在はほとんど意識されることがありません。なぜなら、めっきは製品の「内側」や「裏側」に施されていることが多く、完成品の表面からは見えないからです。今回は、そんな「見えないけれど、なくてはならない技術」に光を当ててみましょう。
朝起きてから出社するまでに触れるめっき
ある調査によると、現代人が1日に触れるめっき製品の数は、なんと200点以上とも言われています。朝の支度だけでも、驚くほど多くのめっき製品に触れています。
スマートフォン
毎日手にするスマートフォンは、めっき技術の集大成ともいえる製品です。内部の電子基板には、銅めっきによる配線パターンが形成されています。コネクタ端子には金めっきが施され、微弱な電気信号を確実に伝達します。SIMカードトレイにはニッケルめっき、アンテナ部品には銀めっきが使われていることもあります。
一台のスマートフォンの中には、実に数百箇所ものめっき処理が施されています。もしめっき技術がなければ、私たちが毎日使うスマートフォンは存在し得ないのです。
水道の蛇口
キッチンや洗面台のピカピカの蛇口。あの美しい銀色の光沢は、クロムめっきによるものです。クロムめっきは見た目の美しさだけでなく、水や薬品に対する優れた耐食性を持ち、毎日水が流れ続けても劣化しにくい特性があります。
蛇口のめっきは、通常3層構造になっています。まず銅めっきで下地を整え、次にニッケルめっきで耐食性を付与し、最後にクロムめっきで光沢と硬度を与えます。この3層がわずか数十マイクロメートルの薄さの中に積層されており、10年以上の耐久性を実現しています。
自動車
自動車は「走るめっきの博物館」と呼ばれるほど、多種多様なめっき技術が使われています。
- エンジン部品 - ピストンリングにはクロムめっき、シリンダーにはニッケルシリコンカーバイドめっき
- 外装 - バンパーやグリルの装飾クロムめっき(近年は樹脂へのめっきも増加)
- ボルト・ナット - 亜鉛めっきによる防錆処理(1台あたり数千本)
- 電子制御ユニット - 基板の銅めっき、コネクタの金めっき
- ブレーキ部品 - 亜鉛ニッケル合金めっきによる高耐食処理
1台の自動車に使用されるめっき処理箇所は、実に1万箇所以上。めっきがなければ、自動車は錆びて動かなくなるだけでなく、エンジンも正常に動作せず、電子制御も機能しなくなります。
家の中のめっき -- キッチンからリビングまで
キッチン
蛇口以外にも、キッチンにはめっき製品が溢れています。包丁の刃にはクロムめっき系のステンレス鋼が使われ、鍋のハンドルにはニッケルめっき。冷蔵庫の内部部品、電子レンジのマグネトロン、食洗機の配管部品。調理を支えるほぼすべての機器に、何らかの形でめっき技術が関わっています。
リビング・寝室
テレビ、エアコン、照明器具。リモコンのボタンの接点には銀めっきや金めっきが施されています。USBケーブルの端子、充電器の内部回路、Wi-Fiルーターのアンテナ接続部。デジタル生活を支える機器の心臓部には、必ずと言っていいほどめっき技術が使われています。
バスルーム
シャワーヘッド、蛇口、タオルハンガー、ドアノブ。浴室で目にする金属光沢の多くはクロムめっきです。高温多湿で石鹸や入浴剤にさらされる過酷な環境でも美しさを保てるのは、めっき技術の賜物です。
アクセサリーとファッション
ジュエリーの世界でも、めっきは重要な役割を果たしています。金めっき(ゴールドフィル)は、手頃な価格で金の輝きを実現する手法として広く使われています。ロジウムめっきは、プラチナ風の白い輝きをシルバーアクセサリーに付与します。メガネフレームにも、チタンめっきやパラジウムめっきが施されています。
ファッションの分野では、ジッパー、バックル、ボタンなどにもめっきが使われています。衣類のファスナーの滑らかな動きも、めっきによる表面処理のおかげなのです。
めっきは「見えない技術」と言われますが、実は私たちの生活の至るところで「見えている」のです。ただ、それがめっきだと気づかないだけ。一度意識すると、世界の見え方が変わります。
めっきが「見えない」理由
これだけ身近にあるのに、なぜめっきは意識されないのでしょうか。その理由はいくつかあります。
第一に、めっきは製品の「一部」であり「主役」ではないからです。消費者が購入するのは「スマートフォン」であり「蛇口」であって、「めっき」を買っているわけではありません。めっきは製品の機能や美観を支える縁の下の力持ちであり、その存在は完成品の中に溶け込んでいます。
第二に、めっきの厚さは肉眼では判別できないほど薄いからです。一般的なめっきの膜厚は5~50マイクロメートル程度。人間の髪の毛の太さ(約80マイクロメートル)よりも薄い、ミクロの世界の技術なのです。
第三に、優れためっきほど「めっきだと気づかれない」という逆説的な性質があります。蛇口が10年間ピカピカであれば、誰もそれが「めっきのおかげ」だとは思いません。問題が起きない -- それこそが最高品質のめっきの証なのです。
めっきの未来 -- より身近に、より高度に
IoTの普及、電気自動車の台頭、ウェアラブルデバイスの進化。テクノロジーが進むほど、めっき技術の重要性は増しています。電気自動車のバッテリーコネクタには、従来以上に高い導電性と耐久性が求められ、ウェアラブルデバイスには人体に安全で、かつ汗や皮脂に強いめっきが必要です。
今井メッキ工業所は、こうした時代の変化に対応しながら、65年以上にわたり培ってきた技術で、皆様の暮らしを静かに支え続けています。次にスマートフォンを手に取るとき、蛇口をひねるとき、ほんの少しだけ「めっき」のことを思い出していただけたら、私たちにとってこれ以上の喜びはありません。